アドレナリンドライブ 批評
ベルリン映画祭
1999年ベルリン国際映画祭ヤングフォーラム部門で4回上映。いずれもチケットは完売。会場はもう当然のごとく 爆笑と拍手喝采の嵐が吹き荒れたのです。
←ドイツの新聞DER TAGES SPIEGELに掲載された映画評:
灰色ネズミの逆襲
「アドレナリンドライブ」。このタイトルを見ただけでは、タイヤをきしませるような追走劇や息もつかせぬようなギャグの連発を想像してしまう。だが、実際にこのタイトルの裏側に隠され映画の真実は、そんなもよりずっとずっと素晴らしいものである。矢口史靖監督は、自分のペースで映画を作り、明快な笑いに徹し、そのためのキャラクター設定で大成功を収めている。
まず、鈴木(安藤政信)という優しい若い男が出てくる。マフィアと衝突するには絶対に向かない性質の人間だ。だが彼は、ろくでもない上司によって、マフィアと対立する状況に身を置くはめになる。それにしても、お金という魔物が平凡な人間の中に眠っていた潜在エネルギーを引き出す、その爆発力はなんと猛烈なものか。鈴木だけではなく、偶然によって共犯者となる静子(石田ひかり)という壁の花のような看護婦もそうだ。二人は突然に大金を入手し、傷ついたマフィアの親玉と、頭は良くないが、金を取り戻そうとする決意はその分だけ固いというチンピラたちから逃走することになる。これら主要キャラクターが、金によって一気に躍動を始める面白さ。
この映画に盛り込まれたいくつかのエピソードが、一度はどこかで既に使われたことがある、そんな意見を言うなかれ。もちろん、灰色ネズミがすごい姐ちゃんに変身する、というような話も、病床から追走劇に参加するギャングの話だって、どこかで見たことはあるような気はする。だが問題は、それがどのようなものであったのか、という点である。この映画ほど起伏に富んだ曲折のある逃走劇は非常に珍しいし、この映画ほど普通から普通でない次元への切り返しに秀でている映画も珍しい。だからこそ、滅茶苦茶非常におかしいのだ。なぜ、もっと前に誰かが気づかなかったのだろう?と思ってしまうほど、矢口のアイデアは素晴らしい。矢口の最も驚くべきところは、観客が、ストーリーの先の展開が大体読めているような時にさえ、映画で緊張を持続させることができる点だ。静子が終わりのほうで鈴木に対して、「ねえ、いいたいことがあるのだけれど…」という場面でも、誰もが次に出てくる台詞はわかっているのだが、なぜか本当にその台詞が出てきた時には、大きな拍手を送ってしまう。そんな映画なのだ。
*灰色ネズミとは、目立たなくて少しも綺麗ではない女性のこと
協力:ベルリンレポート:MR.MIZOKAMI MS.KAMEDA/ドイツ語翻訳:MS.SUSANNA
NIEDER MS.ORISAKA/翻訳コーディネート:MS.KAMEDA MR.ORISAKAGangsta rapping
Tony Rayns
矢口作品の例にもれず「アドレナリンドライブ」にも、思わず手をのばしたくなるような莫大な現金が登場する。指紋を消すために、水洗い、乾燥させた1万円札がぎっしりつまったカバンがふたつ。
持ち主は逃走中の若いカップル−−レンタカー店の店員と気の弱い看護婦だが、大金は人の性格をもを変えてしまう。ふたりは、オツムが少々足りないチンピラと、ガス爆発事故で重傷を負ったヤクザに追われるはめになる。この設定は、一見クレイジーに思える。しかし、展開はゆったりとし、矢口のコメディセンスが徐々に発揮されてゆく。それにつれて、登場人物は魅力を増してくるのだ。誠実さとサディズムが生み出す笑いは、実に奥深い。
矢口の姿を見れば、誰もが彼の「アドレナリンドライブ」の主人公を思い浮かべるだろう。ヤクザに追われるレンタカー店勤めの青年、鈴木は、監督に自伝的作品かとかんぐってしまうほどそっくりなのだ。「たしかにぼく自身に似ているところもありますね。鈴木はどこかヌケているし、まったく映画の主人公らしくない。でも、ぼくはヤクザに追いかけられたことも、大 金のつまったカバンを手にしたこともありません。ずっと貧乏だったんですよ。だから現金に目の色を変える人びとが登場する映画をつくっているのかなあ。この作品は自分自身とはまったく関係ないんです」
なぜ日本にはコメディ作品がすくないのか?
「ぼくは1967年生まれですが、たしかに同世代の監督でコメディをつくる人はほとんどいませんね。でも、周防正行監督(Shall we ダンス?)や井筒和幸監督(のど自慢)など、ひとつ上の世代にはいますよ。環境には恵まれたと思いますね」
ヤクザの描き方に抗議する組織犯罪が起こったら、日本での6月の公開のプロモーションになるかも? 「ヤクザを社会的に描いてはいませんし、映画ですから彼らも本気にはしないでしょう。ぼくの映画で描く暴力は、ヤクザに頼る部分が少ないほどいいものになる、と思うんです。もちろん、実生活での暴力 はイヤですよ」
1999ベルリン国際映画祭公式カタログより